メタルカラーの時代劇(その4)

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東洋精工株式会社  小橋川 三億 (こばしかわ さんおく)
2132年横浜県生まれ 横浜工業高校卒業後、東洋精工入社。低速熱核反応炉「もんじゅ」ほか、
数々のプロジェクトに参加。現在同社代表取締役社長。
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まだまだ続く宇宙戦艦特集。今回は現場で活躍する職人にスポットを当てた。最新鋭の波動エンジンさえ、かなりの手作業が入るという。精密機械に関わって40年の大ベテランに今回の苦労を伺った。
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山根:波動エンジンですが、よく10年で実用化にこぎ着けましたね。
小橋川:分からないことだらけで、苦労しましたよ。まずはつくっちゃえ、と。
山根:えいやっと。で、出来た。
小橋川:そう、出来た。
山根:どこを担当しました?
小橋川:エンジン内部隔壁が主です。
山根:内臓?胃とか腸の。
小橋川:そう、まさにそうです。艦首から波動エンジン通って艦尾までの、いわば内臓壁。
山根:今までの仕事と違う苦労があったと思うんですが?
小橋川:いやー、デリケートでねえ。こんなのもうやりたくありません(笑い)職人もそう言ってました。
山根:波動エンジンってどんな仕組み?
小橋川:わたしも難しくて良く分からないんですけど、炉の中心部にマイクロブラックホールを作っているんですね。既存技術でもそれは作れるんですけど、不安定なんです。お陰様でなんとかなりました。
山根:その内臓壁の磨きを担当された訳ですね。
小橋川:精度がこれまでの倍のオーダーでね、小分けにした部品を工場で作りましてね、しんどかったのは現場での磨き。現場で接続して、部品の接合部に黒体めっきかけるんですが、不純物はおろか、めっきが乾くまではあらゆる電磁波を遮断しないといかんので、1週間は他の工事は完全ストップ。足場の周囲に遮蔽板建てて完全密封。光も入れませんので真っ暗。中に入って手作業でめっきを施すんです。
山根:ロボットは使えなかった?
小橋川:だめです。電磁波出しますので。人体の輻射熱も影響ありますのでクールスーツ着まして、中心部から2人で反対方向に進んでハケを使って手塗りでめっき液を塗るんです。図面が頭の中に入ってますが、間違う可能性もありますので、2人連絡取り合いながら進んで行くんですね。照明も無いし、文字どおり手探りです。工程を狂わせる訳にも行きませんから、工場内に実物大模型作って訓練を行いました。そのときは私も入りました。
山根:手作業か。無線は使えないから、「おーい」なんて呼び合うんですか?
小橋川:反響して聞こえないので、トンネルにこのメガホン押し当てて会話します。
山根:おお、医者の使う聴診器みたい。それで連絡を取り合って艦首から艦尾までの波動エンジン内部を仕上げるんですね。
小橋川:糸電話と我々は呼んでましたが。
山根:順序逆になりましたが、黒体めっきとは?
小橋川:波動エンジン内にマイクロブラックホールを作る訳ですから、内部にいわば宇宙空間を再現しなくてはならない訳で、どうしても必要になってくるのです。電磁波も何も出さない天体を完全黒体といいますが、それに由来するめっきです。丁度宇宙戦艦に使われている黒体迷彩を発展させたものです。それから、中心部のマイクロブラックホールを封じ込めるチャンバーの真球度も、お陰様で2桁は向上しました。
山根:これは聞いたことがある。ベアリングを作る要領で球を作って鋳型を取る。
小橋川:冷却時の歪みに苦労しました。
山根:さっき波動エンジンはデリケートだとおっしゃいましたが、そんなにやわいもの?
小橋川:頑丈です。ただ、ワープ航法時、時空を扱う訳ですから。
山根:ちょっとまって下さい。そういえば燃料は?
小橋川:灯油と水素が主です。
山根:灯油!家のストーブと一緒だ。なんか親近感。ワープは?
小橋川:始動用のガスタービンエンジンを回すときにそれが必要で、その他化学燃料ロケットが姿勢制御に使われてまして、熱核反応エンジンが通常動力として使われています。波動推進エンジンとしては、主な推力は乱暴な言い方ですが、宇宙の泡構造の反発でするするっと滑っていく訳です。空間を歪めるワープ航法に至っては、入り口と出口をはっきり決めてからでないと、なんていいますか物理学上、不可能なので、当りをつけて正確に行うようになっています。
山根:ふむふむ。どんな方法で?
小橋川:最高10万光年ワープ出来ますが、艦首の穴(と、模型を手に取る)から10光年、どびゃーっと狙いを付けるのです。
山根:どびゃーっと。
小橋川:その間にある水素原子を一時的に借りまして、ワープしたあと返すのです。
山根:返す?必ず水素?
小橋川:といっても、水素原子位しかないのです。1立方メートルに2~3個。
山根:10光年分の進路方向にある水素原子を借りて、ちゃんと返す!!マンションのローン30年でもいやになるのにすぐ返す(笑い)。
小橋川:10光年は90兆kmなので、この穴から直径100m、長さ10光年の円柱状の空間を取り込んで水素原子を確保して、エンジン内のマイクロブラックホールにするするっと導きながらワープ後に後ろのノズルから返すのです。大体、9千兆個の水素原子を使います。質量的にはそれで充分です。
山根:ううむ。「するするっ」とね。この艦首の穴はつまり空間を取り込む為のじょうごみたいなものだと。
小橋川:そうです。だからデリケートなんです。
山根:ブラックホールに通じるトンネルを磨いた訳だ。
小橋川:そういうことです(笑い)。うちの研究所の炉に1匹飼ってますので、マイクロブラックホール。もしよろしければ..。
山根:あ、今度エサ買って遊びにいきます(笑い)。
2199年10月24日 東洋精工株式会社第二工場にて。   インタビュアー山根五十六眞
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柔らかい物腰ではあるが、活気あふれるユーモラスな語りであった。数々の現場をこなしてきた者だけが知っている自信に満ちあふれていた。彼に言わせれば、設計図なんて落書きと同じだそうである。実際、細部での現場のすり合せの技術が江戸400年の技術力を保っていると。しかし、それと同時に図面がなければ我々は何も出来ないとも言っていたのが印象的だった。
TAMA 1999/05/09 03:10
*うーむ。灯油は安直だったかもしれない。
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